昭和41年12月24日 朝の御理解
                                  中村良一
     

教祖の神様は、この方は、人が助かることさえ出来ればと。人が助かるという事に、一切を課せられた。人が助かることさえ出来れば、何にも出来ませんが、人が助かりさえすれば良いのだと、こう仰られる訳でございます。そこでその、助けて頂き、または、そのご信心を頂かせていただきます、私共としては、ほんなら、私共も、助かりさえすれば、まぁ良いという様な事では、あまり、こう、無節度な感じが致しますですねぇ。教祖の神様は、人が助かりさえすればとこう仰るのですから。私共も、まぁ、助けてさえもらや、まぁ、こりゃ、何様でも良課ち言うごたる感じになるじゃないですか。ただ、助けてさえ貰えば良かと言うのであっては。ですね、そこで私は、道に基づかせていただく事によってですたい。ね。いわゆる、今日その神様の御教えに基づかせていただいてですたい、ね。有難くさえならせて頂けば、どのような場合でも、有難うさえならせて頂けばという様な事で無からなければいけんのじゃなかろうかという風に、今朝から思うんですね。もうあーた、助けてさえもらや、誰でん良か。もう助けてさえもらや、どこでん良かと。何様でん良かと言ったのでは、こう、あまり無節操と言うか、無節度と言うかね。そんなものを感じますですね。
そこでその、私は、あの思うんですけれども、これはいつも、私が、まぁ、私の(びょういりや)に申しておりますことの中に、ちょっとしたおかげを頂くためには、きちっとした、信心の節度が要るという事でございます。おかげだけは、きちっとした、間違いのないおかげを頂きたい。そして信心は、しだごだと、これでは余りにもの事だと、私は思うのです。ね。
私共が、御本部にお参りをさせていただきますと、三代金光様、現四代金光様のご信心振りと言うものを拝ませていただきますと、それを感じますですね。いわゆる、金光様には、盆もなからなければ、お正月もない。もう、何時もが平日の通りである。その平日が、あのお厳しい御修行なのですねぇ。朝は、正四時には、それこそ、一分間もおこだちなく、御神勤になられます。夜は、四時に、午後の四時にお引けになりますけれども、いわゆる、お取次ぎの都合では、やはりそれが、もうお引けになります時には、五時にも、五時を過ぎるような事にも、おなりになっておられます。それが、もう、盆もなからなければ、正月もないという、御あり方をなさいますはねぇ。あぁして、大変な御大祭をお仕えになった後ですから、本当に、まぁ、やれやれという様な、その風がお見えるかと思うと、私共があの、祭場から、お広前に、また、お礼参拝させてもらいますと、もうちゃんと、御結界にお着きになっておられますもんねぇ。ただただ、恐れ入るよりほかにございませんですねぇ。お装束をお脱ぎになると同時に、もう直ぐ、奉仕着をお召しになっておられる。そして、私共が、お広前に御礼参拝をする時には、もうちゃんと、御結界に御奉仕になっておられる。本当にその、勿体ないことですけれども、かれい御道の信心なんですねぇ。そういうような、私は、ご信心振りと言うものを、私共の信心の上にも、やはり、どこにか、生活のどこにか、そういうようなものが、こう一つの筋金が通っておらなければならないという感じが致します。ね。もう今日は五時だけん、今日はゆっくり寝ろうと。今日はお正月じゃから、今日はそんなら、どうしようという様なものではございませんですね。私共は、なかなか、ほんなら、金光様の、御あられ方と言うものを、それを、私共の上に頂くこととても、至難でございますけれどもです。生活の、どこにかです。信心のどこにか、そういう様な一つの、ご信心振りと言うものが身に着いてこなければならんと、私は思います。ね。
これはあの、私も、ここにこうやって、おかげを頂かせて貰うようにならせて頂いてから、まぁ、此の方、思うのでございますけれども。例えば、五時なら五時の奉仕に、これは、それこそ、一秒間だって生きなくてはならない。これは私の念願でございます。段々、若先生もおかげ頂くようにならせて貰うて、さぁ、もう、あの人が一人前になったならば、早う一つ、ここは譲ってから、脇にいてる身分にならにゃ、そういう思いが、私の心の中にも、本当に、さらさらございません。もうそれは、ほんなら、どういうような、私が病気でありましてもです。ただ、朝晩のご奉仕だけはです、ね。這うて出る様な事がありましても、御神前の奉仕のお許しを頂かなければならんと、これは、もう心に思うております。いわゆる、私には、盆もなからなければ、正月もないという信心をです。ね。その、そこだけなりとも、そこだけなりとも、私は、節度を守り抜きたいと。ね。昨日は有難かったばってん、今日は有難うなかったと、というような事ではなくて、ね。教祖の神様が、この方は、人が助かることさえ出来ればと、こう仰ったから、私共も、信者氏子と致しましては、私共もそうでした。ほんなら、助けてさえ貰えば良いのです。という様な、私は、その、思い方ではなくてです。しかし、そういう人があろうと、こう思うですね。それでは、金光様のご信心振りと言うものにはならない。ほんとに、道に基づかせて頂いて、教えに基づいて、私共が、どのような場合でも、助かっておられると言う、いわゆる、私共が、どのような場合でも、有難いと思えれる信心さを分からせて下さるならば、多少の修行は、多少の苦労はいといませんと。そのために、私共の、この節度だけは、一つの信心の節操とでも申しましょうか、として、これだけは、頂き抜かせて頂かねばならんという様な、確固たる、そういう信心がですね。そこから、私は間違いのない、ただ、それだけだけの事だけでも、神様は、間違いのないおかげをです、私共に下さるんだという風に、私は思うのですね。
教祖の神様は、まぁだ、百姓文治と、いわゆる、信心文治さんと、お言われなさるようなご時代でも、ね。今日はあの、祭り日だから、言うなら、こう、まぁ良い着物どん着てから、休んでおる時でも、やっぱ、休みにならなかったという事です。ね。今日の命は、まぁその、まぁ、村の道普請料の様な事をなさっておられたという事でございます。今日はもう、お祭りだ。今日は文治さん、今日は、みんな、あなたの(?)でどうですかち。という風に申しますとです。有難うございますけれども、ね。天道様は、それこそ、一時のお休みもなしに、お当たりくださるのですから、私共が一服したんじゃ勿体ないと言うてその、仰られたという事が、お伝記に残っておりますですね。ね。それが私は、御道のご信心振りだと思うのですよ。ね。(たいけん)、後は休みと言った様なものじゃなくてです。いわゆる、お祭り騒ぎといったようなもんじゃなくてですね。そこに、本当に、何時の場合でも、お出で頂かねばおれない様な、毅然とした一つの筋金が通っておる。からと言うて、なら、私共の場合です、何時もかつも、四六時中が、そうであると言うのじゃないのですから、ね。どこにか、信心の、そういう信心振りと言うものが、私共の、信心生活の中にです、立派に貫き通させて頂いておかなければいけんのじゃなかろうかと思う。
昨日は、あぁした、私の方の、大坪の家としては、恐らくは、最後になりましたでしょう。あの謝恩祭を、善導寺の親先生のご奉仕を頂きまして、お祭りを頂きましたが、為には、やはり、昨日の晩も、取り刻んでございましたが、夕べも、皆さんお帰りになって、後片付け。私がお初穂の整理を終わった時には、ちょうど、やっぱり、一時半でございました。昨日はまぁ、あげな風じゃったつじゃろうから、もう今日は、お参りも少なかろうから、ね。今日は一日、ゆっくり休ませて貰うてという様な訳にはまいりませんのが、私は御道の信心だという風に思うんです。ね。そこんところの節度を、私は、大事にしていかせていただくところからです、ね。たった、それだけのことでありますけれども。もう後は、言うならば、しだごだでありましてもです。ただ、そこんところだけでも、精進させて貰う気持ちがございますと、神様は、ね。打ち向かう倍力の徳を授けると仰る様にです。もう本当に、それだけの事ではありますけれども、神様が、万事万端の上に、間違いのないお働きを、私共の上に見せてくださることも出来る、分かる事も出来るのである。また、それを、頂かせていただく事も出来るのでございます。
御道のご信心振りと申しますか。そういう様な、私は、ご信心振りと言うものが、私共の信条になってこなければなりません。ね。それでいて、はぁ、これは、私共が死ぬまで、そんなら、ここに座らんならんと言うのが、道なりと言うのではなくて、苦しいというのではなくてです、ね。そう思わせて頂けれる。まぁ、そうして御用が、お使いまわして頂けれるとするなら、このように有難い事はないという、何と申しましょうか、それこそ、こういう様な事だと、こう感じるのでございます。ね。これは、お参りにおいても、信者氏子、これは私共と致しましてもですね。そこんところの信心が、もう、金光様の信心すりゃ一服が出来る。はぁ、朝まいりを続けなければおかげを受けられんという様なものではないのですけれども。それが有難いと分からせていただくところまで、信心を一つ、進めたいものだと思うですね。どうぞ。